映画館

観逃していた映画が、家から電車で1時間くらいのところにある映画館で、14日間限定で上映されると知り、慌てて予定を組んだ。

 

候補日はいくつかあったけど、ひとまず一番近い水曜日に行くことにした。早めに行っておけばもう1回観たいと思ったときに後悔せずに済むだろうから。上映は14時と20時の1日2回。

 

映画館に着くと、14時の回のチケットを買った。座席指定画面では全席空席だった。公開から3ヶ月も経っているので、まぁそんなものかな。空いてるほうが気楽に観られるから、かえって良い。

 

上映まで少し時間があるので、周りをぶらぶらする。平日の昼間、人はまばらで外は少し寒いけど気持ちいい天気。

 

上映10分前入場ということなので、少し前に映画館に戻り、ひとまずパンフレットを買う。少し悩んでポップコーンMサイズとコーラも買う。

 

席に着くと久しぶりの映画館にドキドキする。引っ越す前は家の近くに映画館があって、よくレイトショーを観に行っていたなぁ。時間があるときは1日中映画館にいて、3本くらい連続して観たりした。だいたいは2本目か3本目で寝ちゃうんだけど…。

大きいスクリーンと迫力のある音響、何より観られないと諦めていた作品がこれから始まるというワクワク。

 

予告編が始まった。と同時に隣の席に人が座る。こんなにガラガラなのに、よりによって隣にくる!?

 

ちらっとみると帽子にサングラスとマスク、全体的に黒い服装。なんだか怖い。

 

下手に動いて刺激してもな…ということで少し様子を見る。隣の人は帽子を脱ぎマスクを外して、サングラスのかわりに黒縁のメガネをかけた。

 

「………!?」

 

「あ…バレた?」照れ笑いをする。

声が出なくて必死に頷いた。

「この近くで仕事あって。たまたま空き時間出来たから滑り込みでさ。良かったー!めっちゃ空いてるし!これで大画面で観れるわー!」

初対面なのにペラペラと話ができるコミュニケーション能力はさすが、すごいな、と素直に感心した。

 

「で、コウちゃん派?それとも大友くん派?」

「あ、大友、くん…です」

「そやんなー!俺も大友くん目当てです♡」

 

「もしかして、ジャスミンさん?え、何色?何色?」

 

小首をかしげて聞くもんだから、あまりの可愛らしさに目眩がして、思わず頭を抑えた。

「え、大丈夫?調子悪い?」

「あ、大丈夫です。少し疲れてるだけなので」

「そっか。ならまぁいいけど。それにしても、ちゃんと観れるかなー!?照れてしまうかもな♡」

大きな体を屈めて、うずうずしている。

かと思うと「どう?照れずに観れる?」急にこっちを見て真剣な顔で私に問いかけた。コロコロ変わる表情が面白い。

「覚悟は、出来てます」両手を握りこぶしにしてわたしも真剣な表情で答えた。

「えー、覚悟ー!?えらい気合入ってるんやな」大声で笑われて少し恥ずかしくなった。

「ごめん、ごめん。笑ったら失礼やんな。よしっ、俺もこれから、覚悟決める!」

そう言って真剣な表情でスクリーンをじっと見つめている。しばらく前を見るふたり…。

「ちょ、まってこれ、恥ずかしくない!?ふたりっきりでこの空間を共有するって」

確かに、予告編が始まってから他の人が入ってくる気配はなかった。

お互いに2席ずつ離れよう、と意見は一致した。もしあとからお客さんがきたり、係員さんに注意されたら元の席にもどる、ということで。

 

気を取り直してまっすぐ前を向いた時、とても大きな音が鳴った。「グ〜〜〜」お腹の音だ。

 

「聞こえた?」

「は…い」

「時間なくて飯食えんくてさ」

「よかったら、どうぞ」と、ポップコーンを差し出すと

「マジで?助かるわ〜!」そう言って隣の席に移動してきた。

 

結局となり同士で観ることになった。

よっぽどおなかが空いているのか、ポップコーンを取る手が止まらない。可笑しくなって、ちらっと顔を見ると一瞬「あっ」という表情を見せ「ごめん…!止まらんくて」と、手を合わせてこちらに頭をペコペコ下げる。

「わたし、さっき少しご飯食べてきたので、全部食べちゃっても大丈夫ですよ」そういうと、表情はパァっと明るくなり「ありがとう!助かります!」

 

ちょうど、予告編が終わって照明が消えた。

「そろそろ始まる」わたしがそう言ったとき、となりの彼は耳元で

「なぁ、赤ジャスミンなん?なんかちょっと悔しいな」小さな声でささやいた。

「えっ」びっくりして横を見ると

「ほら、映画始まるから、集中!集中!」

何でもない顔をして前を向いていた。

 

 

 

 

訳:やっと、溺れるナイフ観てきました。

 

※もちろんフィクションです。